ゆきの日記

気ままに書きます

ショートショート公開&自評

お久しぶりです、ゆきです。

 

3か月くらい前に、一時期ショートショート(短い小説の事です)を書くのにハマっていたのですが、その作品達をゆきの日記で公開しました。

 

自分の好きな世界観、文体の雰囲気、言葉選びや会話で好きに作品が書けたので楽しかったです。来年時間ができたらまたやってみたいですね。

 

作品の簡易的な紹介やあらすじを書こうとしたのですが、短すぎるので読んでください、という感じです。順序的には「三日月」→「ラプラスの悪魔」→「冥王星」→「電話」→「夜道」です。5話でそれぞれ繋がっていて綺麗にまとまれば良かったのですが、基本的に別だと考えてください。

 

僕は自分の書いたものながら、割と気に入っていてたまに読み返してみています。

 

 

 

自評

はっきり言って自分の作品について多くを語るのってあまりよろしくない風潮があるし、読み手受け手の自由だよっていう部分が多くあればあるほど素敵な関係が築けると思うんです。

 

ただ、人気アーティストでもない限り作品の考察なんてされませんし、深い意図を込めても誰も汲み取ってくれなければつまらないわけです。

 

それに、僕は結構語りたがりというか、作詞などしても解説したくなってしまうのです。あーあ。

 

という訳でめちゃ恥ずかしいですが自分で自分の作品を批評、解説していきたいと思います。恥ずかしいのでいつか消してるかもしれません。

 

最初に言っておきますが、ラーメンズというアーティストにかなり影響されています。パクリなどはないつもりですが、彼らがコントを作るならどうするかな?と思いを馳せつつ書いた節もあります。

 

次に、最初に作品を読んでから自評を読んでもらうと嬉しいです。(そもそも読む人がいないと言うな)

 

それと、基本的に進行は会話です。情景を書くとダラダラしそうなのと、そこらへんは想像してもらいたいのとです。誰の台詞かは明記していません。明記しなくても分かったり、明記する必要がなかったりするからです。

 

 

 

三日月

1作品目です。これは僕が言葉遊びとして気に入っている作品です。未完成パン、クロワッサンとクレッセントとエクセレント、こねるなど。少し解説していきます。

 

この話のパターンとしては、会話を重ねるたびに洒落や同音異義語、似ている言葉や造語などで会話がリズム良く進みます。

 

「未完成パンって言うと堅いけど…」

 

「焼いたら硬くもなるさ」

言葉の堅さと、パンとしての硬さが受け継がれています。こういう言葉遊びは他にも、パンをこねる→理屈をこねる、などがありますね。

「そんなに焼いたら表面がボロボロにならない?」

 

「それがクロワッサン」

 

「なるほどね。焼き加減、エクセレント」

 

「エクセレントじゃないよ、クレッセントだよ」

ここも言葉遊びですね。ここはラーメンズのオマージュとなっています。「イコールじゃないよ、スコールだよ」という台詞が「銀河鉄道の夜のような夜」にあります。

ちなみにクロワッサン(croissant)とクレッセント(crescent)は語源が同じだったりします。三日月のような形のパン、という所から来ていますね。

あ、クレッセントは三日月の事です。コーヒーを飲み終えたあとにカップの底にできる残りの形もクレッセントって呼びますし。

「そしたらパンが売れなくなっちゃうよ」

 

「苦労破産という事さ」

 

「儲けが出ないから店を畳んだんだね」

 

「店も焼きあがったってな」

 

「という事は、オーブンの使い過ぎで火事になったのかも」

 

「引火パンの完成だ」

苦労破産はクロワッサンですね、少し安直過ぎですが。ここらへんの会話はお気に入りで、何の話かフワフワして感じませんか?そうなんです、言葉遊びを重ねすぎているので、常に言葉が変わっていって畳みかけています。わざとです。読みにくくてごめんなさい。

ちなみに引火パンは進化パンとかけています。

 

ここで伏線を紹介します。自分で伏線って言うの恥ずかしくないんですか?恥ずかしいです。でも気に入ってるんです。

「完成パンを焼くとメタ化パンになる」

 

「メタ化って?」

 

「要はあれだ、完成パンの上になるって事だよ」

ここが最初の方でのやり取りです。

「あれ?クロワッサン売り切れだ」

 

「それに何だこの張り紙は」

 

"今夜は上で売ってます"

 

「なんだこれ、メタ化クロワッサン?」

 

「クロワッサンじゃないよ、クレッセントだよ」

ここが最後のやり取りです。今夜は上で売ってますというのは、三日月をクロワッサンに見立てているという事です。そこにさっきの「メタ化」が回収されます。上になった三日月がメタ化パン(クロワッサン)という事ですね。

 

その後の「クロワッサンじゃないよ、クレッセントだよ」も先程のラーメンズのオマージュです。原作でも同じやり取りが2回繰り返されているのですが、2回繰り返されるという部分もオマージュしています。

 

最後に、暗くなったけど三日月があるから月明かりで明るい、という終わり方は個人的に好きですね。「そっかぁ」で終えるのも気に入っています。

 

これが1作品目ですが、自由に好きに書いたのでかなり気に入っています。やはり初期の作品というのはやりやすいですね。

「クロワッサン」と「クレッセント」の言葉の響きが似ている所から着想し、パンの作り方を調べて書き始めました。

 

ラプラスの悪魔

 2作品目です。僕が物理学を好きなので、それっぽい話を書いていけたらいいなと思って書きました。

範囲的には古典力学から量子力学の移り変わりの話です。折角物理学が好きと言ったのでそれっぽい話をしましょう。

 

古典力学というのは、天体の動きや日常での物体の動きについて研究されていた初期の物理学の分野です。

この当時は物体の動きや、加わっている力を数式で表して、それを時間で追っていく事が主流でした。つまり、時計の針を回せば物体は進み、逆に戻せば物体も戻るという事です。これを「時間の関数で表す」と言ったりしますが、とにかく、時間というものが中心でした。

(この後特殊相対性理論などが生まれて時間という考えがなんなのか議論されたりしますが、今はいわゆる掛け時計と世界標準時みたいなのを想像してください。)

 

さて、時計の針の動きによって物体が進んだり戻ったりするという事はどういう事か?現実で時計を逆回しにしてタイムトラベルするのはとりあえず不可能ですから、時間は弓から放たれた矢のように一方的だという事になります。(戻れない、という意味で不可逆と言ったりします)

では一方的に先に進めてみましょう。時間の流れる速度を変えるのも不可能ですから、頭の中で進めてみます。例えばスカイツリーの上から物体を落とすとします。古典力学的に考えると、針を進めると物体が地面に着くまでが予想できるという事です。

大袈裟に言うと、未来予知ができる事になります。未来予知をするには条件があって、初めの状態を知っていなければなりません。さっきの話なら、「物体は最初、スカイツリーの頂上にある」です。これを初期条件と言ったりします。専門的ですね。

古典力学の範囲ならこの初期条件があれば、その物体に加わる力も分かって一件落着です。運動方程式という数式を用いますが、物体と加わる力、それとさっきの初期条件さえ分かれば未来予知がいくらでもできます。

(厳密に言うと物体ではなく、物体の質量ですが細かい事は置いておきます。あ、質量は便宜上、重さと考えて構いません。)

 

古典力学すごいですね。未来予知ができるなんて。え?じゃあ今僕らは未来予知に従って、予め分かっている動きをしているのかって?地球の未来も予言できるのかって?良い事を聞きますね。さて、ここで一つの問題が生じます。

宇宙の全ての初期条件を知っている悪魔がいるとします。初期条件と言うのは、時計の針が初めて動き出す時、「宇宙にどんな物体がどこにあってどう動いているのか」という事です。これを知っていれば全て予言できるし、未来は全部決まっているじゃないか!となりますね。これを提案者のラプラスさんの名前を取ってラプラスの悪魔といいます。

(厳密に言うと初期条件は宇宙の全ての物体の位置と運動量です。運動量というのは質量と物体の速度をかけたものです。要は物体とその速度、位置が分かれば良いという事です。)

 

ここまでが古典力学の話です。未来予知、決定論ラプラスの悪魔……。全てが解明されたようで、凄いような気持ち悪いような気がしますね。

察しの良い人なら分かりますね、僕達の行動や地球、宇宙は全て予言されていません。あれ?さっきまでの話だと予言できたような。そうです、ここで量子力学が登場します。

 

簡単に言うと、量子力学は確率の学問です。今でこそもっと範囲は広いですし理論も深いですが、初めは確率の話から始まりました。

確率ってどういう事でしょう。ある物体はここにいるかもしれないし、あそこにいるかもしれない。確定しません。実験を重ねるにつれ、物体の位置を完全に予測、把握するのは不可能だという結論になりました。(物体と言っていますが、もっと小さな、素粒子のようなサイズでの話です)

この確率論には批判も殺到します。有名な話を2つ紹介します。

 

1つ目はシュレディンガーの猫です。有名ですね。これは、猫は生きているかもしれないし死んでいるかもしれない、観測するまでは2通りある!と解釈されていますが、実は間違いです。

現実には猫は生きているか死んでいるかで、2つの状態の重ね合わせなんて有り得ません。そうです、シュレディンガーさんはそう言っているのです。

小さい世界(ミクロな世界)と日常的な世界(マクロな世界)を関連される実験があるとして、ミクロな世界で確率的だとしたらマクロな世界でも確率的になるはず。でもそれって現実では有り得ないし、起こらない。つまりミクロな世界で確率的というのは有り得ない!

というのが批判の趣旨です。そうです、有り得ないんです。ミクロな世界ってどういう事?皆が皆よく分かっていません。

 

2つ目の話はアインシュタインさんの話です。

彼も量子力学を批判しようとして、「神はサイコロを振らない」と言います。確率なわけがない、きっとまだ僕らの知らない変数(物体を予測するための要素)があって、その変数が変わる事によって物体の位置も変わっているんだ。というのが批判の趣旨です。

 

さて、結論から言うと量子力学は今の所正しいです。ここで断言しないのは科学の性質で、確実に正しいという事など言えません。いつしかひっくり返されるかもしれません。古典力学に対する量子力学特殊相対性理論のような存在で、とにかく今の所正しいと信じる、ここから科学は始まります。

 さて、物体の位置や運動が分からない、これを不確定性原理と言ったりします。

つまり、これにてラプラスの悪魔を退治しました。これが大雑把な古典論、量子論の話です。

壮大な物理学の流れです。今もまだその登山の途中です。

 

では作品の批評に入ります。難しい話をしてごめんなさい。科学を全く知らない人でも分かるように多少かみ砕いて説明したつもりです。

 

「なるほどねぇ… ん?手紙だ」

 

"嘘をつくのはお見通し ラプラスの悪魔"

 

「誰?このラプラスの悪魔さんって」

 

 ここはさっきの話ですね。お見通し=予言、という話です。

その後は発言を二転三転させても全て予言通りだという会話が続きます。

「じゃあさ、嘘をつくかどうか、サイコロで決めたらどうかな」

 

「ん?」

 

「1,2,3が出たら嘘をついて、4,5,6が出たら嘘をつかないの」

 

「なるほど、そしたら予言できないってわけか」

 ここで確率論の話に入っています。嘘をつくかつかないかをサイコロで決めたら誰にも予測できないじゃん、という話です。アインシュタインの発言を引用しています。

 

(ここで厳密な話をすると、古典力学の範疇なので、サイコロが手を離れた瞬間に、角度や高さ、重さ、地面の素材などを全て考えれば目が決まります。そういう意味で確定的ですが、ここは確率的だという事にします。)

「しかもね、サイコロはここにある箱の…ってうわっ」

 

「ビックリした、中に猫が隠れてたなんて」

 

「ええと、気を取り直して、サイコロはこの箱の中で振るの」

 

「というと?」

 

「僕は出た目が何か分からない」

 

「うん」

 

「僕でさえ嘘をつくかどうか分からないのに、予言通りなんて言えないでしょ?」

 ここはシュレディンガーの猫の話を混ぜています。猫は生きています。

シュレディンガーの思考実験(頭の中で考える実験)では猫は箱の中にいて、その時は生きているか死んでいるか分からない、箱を開けた瞬間に生死が確定する、というのが量子力学の解釈で、それは有り得ない!と反論します。

これをなぞって、箱の中でサイコロを振れば誰も観測していないのだから予言できない!という事ですね。これも厳密に言うと有り得ないですが。

「ん?でも、それじゃ最初に言った嘘をつくルールが嘘なんじゃない?」

 

「そんなルール破っていいんだよ」

 

「でもさっきの」

 

「あっ」

 ここが最後の部分です。伏線を回収しています。「ルールを守る」と言うのが嘘です。それをラプラスの悪魔は「嘘はお見通し」と予言していた事になります。

こういう、最後ではっとするような作品好きです。物理好きな人ならより楽しめると思います。

冥王星 

 これから書きます。